20代一般男性の価値観

価値観の記録

天動説と地動説と自分の価値観。

「チ。〜地球の運動について〜」という漫画を読みはじめたのですが皆さまご存知でしょうか。

 

人々はかつて天動説を信じていた時代があったのですが、それは宗教的な思想が絡んでおり、天動説を否定すれば神をも否定することと同等な意味と捉えられ罰せられると。

漫画を読んでもらえれば深く理解できるのですが、これを読んだ個人的感想をお話ししたく思いました。

 

急ですが、

自分が今まで芯を貫き行動してきたこと。全て間違いだったのではと感じた瞬間の絶望を味わうくらいなら死にたいと。思ったことないですか?

 

僕はそうならないように自分の言動全てを肯定してしまいます。

 

例えば、僕は何も考えず将来の夢もやりたいことも見つけられずに変な意地だけがあった高校生時代。

なんとなくで進学するのが嫌だったこと、周りの人間に流されるのが何故か嫌だったこと、理由もなく親に甘えて数百万の学費を払わせるのは申し訳ないという変な意地のせいで進学を諦め、フラフラすること数年。

この経験は無駄ではなかったと自分を肯定しないといけない。

 

周りの人から見たら間違いと言われることを間違いじゃないと言い切らねばいけないことは人それぞれあるかと思います。

 

悪い部分は見向きもせず自分は絶対に間違っていないと。

だって、自分が自分を否定してしまった瞬間、そこに待っているのは絶望なんですから。

 

でも、人生において、自分の信じていたものが、全て覆ってしまうのではないかと感じてしまう出来事が起こりそうになる時があります。

 

この漫画の中で天動説を唱える学者達は、壁にぶち当たります。天動説だと説明できない事象が起こるのです。今まで人生を賭けて行ってきた研究が全て否定されるのです。それも自分で自分自身を否定してしまう。この辛さったらないのです。

 

 

覆ることが良いのか悪いのかは分からない。

しかし、訪れます。いつか全ての価値観が変わる時、信じているものや考え方が変わる時が。

 

 

世の中に絶対なんてありません。

当たり前のことを覆す苦悩と葛藤を描くのがこの漫画です。

 

作中にこの世界は地獄だが、地獄にしては地球は綺麗すぎる。

こういったことが書かれています。

 

 

僕自身この世の不条理さ不平等、無駄な労働、規則風習、故にこの世界は地獄だと思ってしまっています。

いわゆる、環境のせいにしてしまうタイプです。自分は悪くないと肯定してしまうがためです。

さらにこの情報化社会において自分の周りの人間の行動や思ってることが昔よりも見える状況になりました。

これにより自分と比べてしまうことによって自分は不幸なのではないかと思ってしまうことが多いです。

ある程度周りには下に見る人間を置くことは大切だと思ってしまう。

そんな事を考えてしまう。そんな世の中は地獄だと。

そう思ってしまうのは、自分の視野の狭さが原因だとこの漫画に感じさせられます。

 

 

 


漫画に話を戻すと、

天動説が揺るぎない事実だとなっている15世紀。

天動説が真実の世界、今自分がいる地球を中心に星々が回っていることになります。

 

すると地球は全宇宙の底になる。そうなると自分はそこに存在している限り底の人間だ。

という考えが生まれます。

天にある星たちは自分より遥かに高貴な存在。

見上げれば光っていて綺麗で、むしろ自分たちを見下すかのように無数の目が押し寄せてくる感覚。

自分より周りのキラキラ輝いてる人たちが良く見え、自分がちっぽけに思ってしまいます。

目を背けるのは簡単ですが、そこから目を背けてしまうとただ自分の足元を見て歩くのみの人生。

それって幸せなのか不幸なのか。分かりません。

 


無知で純粋な気持ちを持っている子どもの時、

夜空には無数の星が広がっていてただ綺麗だといつまでも見つめてしまう頃があったはずです。

この世のことを知れば知るほど荒んだ感情が出てくる。そんな自分が嫌になります。

 

 

 

 

 

 

この天動説の全てが覆るならばと。

地動説を唱えます。これは今まで考えられていた真理を真っ向から否定し、それを信じ続けている人間をも否定することです。

 

地動説。
天にある星々と地球は同様に自転公転をする星になり、よって天と地球は同等の価値になる。自分たち人間は底辺ではなくなり、この世界は地獄ではないと神がつくった天にある星々と同等の価値になりますと。

 


作中では、「この世界は底辺で苦しみが多く、救いがあると思ったことも少ない。だが、最低と言うにはこの世は魅力的すぎる」と。

 

このセリフは痺れすぎました。


たしかにこの地球は綺麗な形をしていて、きれいな動きをする、綺麗な自然が豊かにあり、様々な現象が起こり神秘的で、多種多様な生物が共存している。

 

 


しかし、これを踏まえた上でも、自分の考えは揺るぎません。

現代の情報化社会を知れば知るほど、年を重ねれば重ねるほどこの世の不条理さ不平等さ希望のなさに気づき、なお地獄と思わざるを得ません。

 

 

 

もしこの地獄という仮説が覆るのではあれば、覆せることができるのであればそれは何なのでしょうか?

 

 

自分も地動説を唱えるぐらい、天地がひっくり返るぐらいの価値観の転換があるとすれば、僕たちは夜空に輝く星たちの一部だと思えることができれば、この世がもう少し生きやすくなるのかもしれません。

 

 

最後に、自分は天地がひっくり返る出来事が訪れることをずっと期待しているのではないかと。
そこで20代も半ばにさしかかり、感じたことがあります。

数年以内には理解しているはずです。この世界は素晴らしいものであると断言できる状況が来るはず、これは確信であって人間が生まれてきた理由、生きがい、この瞬間の為に自分は生きてきたのだと感じることが起こるはずなんです。

それが自分の生きる意味だと、それに出会った瞬間はきっと分かります。

その時絶対に流れる。頬につたう涙が教えてくれるはず。

 

自分と血の繋がった生命の誕生は神秘的なものであると。

 

その事象は僕の中の価値観や考え方や概念、生き方全てをひっくり返してくれると確信しています。

それと同時に自分をこの地獄から救ってくれると信じています。